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 柿が色づく頃

僕が20歳の時というと、今から48年前のことになる。
僕は6000円を握りしめ、旅に出た。東京から長野、大町を経て、糸魚川から京都、広島、そして故郷の松山へ至る旅である。ホテルに泊まる金はないので、当然野宿である。
その時の話をしよう。
大町駅の木のベンチに寝袋を拡げた僕は、目がさえて眠られなかった。秋も深まり駅舎には寒気が居座っている。ふと見ると駅前の広場に、屋台の赤提灯が揺れている。ふらふらと起き出し、丸い木の腰掛けに座り、おでんと酒を注文した。僕の他には中年の男が二人、反対側で話し込んでいた。
「寒いですねー」
屋台のおやじは、おでんの皿を差し出す時そう言った。その声が若々しいので、ふと目を上げると意外に若い顔がそこにあった。その瞬間、僕はこの若者が何かをかたくなに守っていることを読み取った。昔はこういう若者が沢山いた。何故か今はいない。
「ここで何してるの」
「小説を書いてます」
この若者も、瞬時に私の質問の意味を理解したようだった。
「屋台で稼いでいます」とは言わなかった。
駅舎に戻りぐっすり眠った僕は、微かな物音で目が覚めた。屋台をたたんで、彼が帰っていく所だった。引き手にぶら下げたバケツが、ガラン、ガランと音を立てていた。その時僕は彼の足が、極端に内側に曲がっていることに気が付いた。不自由な足のせいで、屋台は前後に大きく揺れながら、朝霧の中を遠ざかっていった。
その日は快晴だった。汽車を待つ間、私は北へ向かってぶらぶらと歩いてみた。柿の色が青空に映え、近くの小学校からは歌声が聞こえてきた。北アルプスは既に雪をかぶり、想像を超える高さにクッキリと聳えていた。
彼は私より少し年上だったから、もう70歳だろう。毎年、柿が色づく頃になると、彼のことを思い出す。

投稿日 : 2011年1月15日 (土)

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