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真賀温泉

岡山の湯原温泉は露天風呂の西の横綱なんだそうな。
その温泉郷のはずれに真賀温泉はあるが、露天風呂ではない。
ここは「安い」「汚い」「無愛想」の三拍子揃った名湯である。
入湯料150円。安い。
自然石作りの浴室はは薄暗くてよく見えず、狭い。待合いも
脱衣場もあまり掃除をしている様には見えない。
つまり「汚い」。合格。
料金を払おうとしたが、おばあさんがこちらを向かない。
「いくらですか?」
と訊いたら
「150円」
とだけ言って、目はテレビに釘付けだ。
無愛想であるから合格。
子供ならおぼれそうな、深い浴槽の下から温泉は自噴している。掛け流しだ。
浴槽の途中から張り出している石に腰掛け、誰も居ないので仏頂面をして、肩までつかる。
普段の生活では他人の目があるから、仏頂面はなかなかできない。今日は誰憚ることもなく、不機嫌な顔ができる。

真昼である。外は日本晴れだが、薄暗い浴室には温泉の流れ出る音だけが聞こえる。
「俺は何でここに来たのだろう」
と考えるが理由を思い出せない。
近頃こういう事が良くある。気をつけないといけない。
これが進むと「ボケ」と言われる様になるはずだ。
もう言われているのかもしれない。
一生懸命考えている内に眠くなった。
いい気持ちだ。
ウトウトしていたら「ガバッ!」と湯を飲んでしまい、一気に目が覚めた。危うくおぼれる所だった。
湯が鼻にまで入り、私は激しく咳き込んだ。死ぬかと思った。
誰も居なくて良かった。見られたら恥ずかしい。
しかし、誰も居なかったので、あのまま呼吸困難で死んでしまった可能性もある。
まーどちらでもいい。こうして生きているのだから。
適当に体を洗って30分ほどで真賀温泉を出た。
車で一路、岡山市に向かって南下。
この間、番台のおばーさんに
「いくらですか」
と訊いた以外は、誰とも話をしなかった。話をしたいとも思わない。あの温泉へ行った理由を考えるのも止めたが、その後の生活に特段の支障はない。
私の旅は大体こんなモノである。

投稿日 : 2011年1月03日 (月)

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