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もの悲しい人

若い頃、文吉おじさんは左官の弟子だった。ある日親方が弟子達に向かって怒鳴った。「おまえらは役立たずだ!飯を食う価値もない。藁でも食っとけ!」文吉おじさんは新米なので食事当番だった。次の昼飯を見た親方と弟子は驚いた。飯の上にひとつまみづつ藁が載せてある。親方のは特に多い。「なんじゃ!これは!」親方は激怒した。文吉はこう言った。「へい、親方は昨日藁を食えと言うたけんど、わしらは食うたことがない。どうやって食うんか、教えて貰おうと思いまして・・・」親方は絶句し、黙って藁を払いのけて食べた。形の上では文吉の勝ちだが、さすがに居づらくなり左官を辞めた。そのあと文吉は芝居小屋に転がり込み役者になった。厳つい顔なので悪役が似合った。彼を雇った一座のオーナーは私の祖父である。昔はこんな生き方をする人が私の周りに幾人もいた。痛快というのではない。根性が座っているわけでもない。愚直というのも違うようだ。ただ何となくもの悲しいのだ。何故なのか、今も分からない。

投稿日 : 2010年5月02日 (日)

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