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天野森蔵

私の祖父は世間で言う遊び人だった。周りには妙な人物が多かった。その中にみどりさんと呼ばれる女性(?)がいたが、どうみても女ではなかった。ぞろりとした着物を着て確かに言葉遣いは女であるが、声音は男であり喉仏も出ている。あまり親しくはなかったがその日何かの弾みで祖父と話し込んでいた。もうすぐ春という頃の昼下がりである。縁側に日が差し込み私は半分眠りながら絵本を見ていた。
「ほほー、・・・で、あんたの本名はなんというのかね」
祖父が訊いた。
「天野森蔵」
おじさんは素っ気なく答えた。
「戦時中は何をしとったんぞな?」
祖父はたたみかけた。
「憲兵じゃった」
その時の祖父のいやーな顔を忘れることはできない。
祖父は遊び人ではあったが忠君愛国の権化のような人であった。そのせいかどうかこの手の人物を許せなかったらしい。
「ワシはちょっと用事を思い出した。出かけるけん」
祖父はそそくさと出て行き、みどりさんは取り残されてポカンとしていた。
以来、森蔵さんは我が家に現れることはなかった。
オカマでも犯罪者でも受け入れた祖父であったが、オカマと国家の組み合わせだけは許せなかったらしい。森野のおじさんにも言い分はあったのだろうが今となっては訊くすべはない。
人間のプライドとか矜持などと言うものもこのことと大同小異だと思う。
要するに「たいしたことではない」のだ。

投稿日 : 2009年12月31日 (木)

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