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「お月さんも一緒に行くそうだよ」
母に促されて私は外に出る。
月は中天に高くじっと私を待っている。
歩き出すとまた母が言う。
「ほら、ついてくるよ」
本当に月は私のあとをついてくる。
下駄を鳴らして少し走ってみたが月も走ってくるようだ。
嬉しくなった。
風呂屋は近くだったのでこの道行きもほんの僅かな時間だった。
「お月さんは待っていてくれるからゆっくり入ろうね」
金木犀が強烈に香る風呂屋の入り口を入るとハゲ頭のおじいさんがにこやかに迎えてくれる。
「オー来たかい」
僕は背伸びをして番台に料金を置く。たしか5円だった。大人は7円。
体を洗って貰っている間も気が気ではない。
お月さんは本当に待っていてくれるだろうか。
「50数えるあいだ肩までつかりなさい」
「・・・・・・48,49,50!」
私は湯船から飛び出してそそくさと着替える。
「慌てなくてもいいよ、お月さんは待っているよ」
いつものことなので番台のハゲ頭は微笑んでいる。
「かーちゃん、早く!」
私は一足早く外に出る。
木犀の香りの中、月は静かに浮かんで僕を待っていてくれた。
私は一人でほほ笑み月に向かって手を振る。
帰りもお月さんと一緒。
夜風が気持ちよい。
寝床でもお月さんのことを思った。
「今も僕の家の上の空にいるのだろうか?」
確かめに行きたかったが眠くなってしまった。
遠い遠い昔のことである。

投稿日 : 2009年9月5日 (土)

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