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井伊玄太郎
その男は禿げあがっていたが両耳のあたりにだけ未練がましくモジャモジャと頭髪がわだかまっていた。教壇に上がると男は右のポケットからチョークを取り出しこう言った。 「近頃の出版社はなっとらん、まだ書き始めてもいない本の目 次を出せと 言うんだ。怒ってやったがね。もーぉ、まった く!」 言いながら黒板に何かを書いた。へたくそで読めない。 「最近八丈島へ行ってるんだが・・・」 どうも講義が始まったらしい。 文化人類学と私の出会いはかくの如きものであった。 男の名は井伊玄太郎。 早稲田大学の名物教授であった。他に中島正信、海江田進、山之内義雄、飯島衛など錚々たる教授陣であったが当時の私には何も分からなかった。 (実のところ今も分からない。) ・・・・で、このいい加減な先生を私たちは「いいかげんたろう」と呼んだ。 遅れてきて30分しゃべって帰ることもあり、二時間を過ぎても止めないこともあった。今日の講義と前回の講義に連続性はなく、いくつもの事例をごちゃごちゃに紹介したりする。彼の著書もまたかくのごとしであり、出版社が 「先ず目次を・・・」 と言った気持を共有することが出来る。だが一年を終わった時、いつの間に やら社会学の壮大な体系が見えるようになっているので 「ふ〜〜〜ん、なるほど名教授」 と納得した次第。だぶだぶのズボンに黒縁の眼鏡、井伊先生は私が見た最初の大学教授である。 あれから茫々50年、あんなに強烈な個性を放つ先生に巡り会うことはない。 広島大学の中で毎日多くの教授に会っている私は何となく寂しい。 時代が変わってしまったのであろうか・・・
投稿日 : 2009年8月22日 (土)
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